2018年10月16日

 平常心是道(びょうじょうしんぜどう)

 日々、同じように、いつものパターンで

生活していると、日常は当たり前のことであり、

深く考えることもせず、あるいは、

日常の行動が当たり前すぎて、

別のことを考えながらやっているということは

よくあることです。

 本来はやはり、お食事の時は感謝していただく、

お茶やコーヒーでほっとできるのも有り難く、

お仕事をすることで、世の中の役に立てていると思うと

また、そのことにも感謝し、

親、兄弟、友人や同僚がいてくれるのも

有り難いわけです。

 禅語で「平常心」とは、何事にも動じない、

ということではなく、普段の心を保つこと。

「平常心是道」は、日常変わらずに持っている心、

日常生活が、そのまま「道」でなければならない、

ということだそうです。

自分の道を求め続けるのは、

容易ではないかもしれませんが、

人生の幸福や喜びというのは、

日常の生活の中にあるもので、そこに心を置いて、

日常を無駄にせず、大事にすることが大切です。

 日常を丁寧に生きるって、

簡単なようで、難しい。

当たり前に心を寄せて、

ありのままを大切に・・・。

 

 

 冠婚葬祭の「冠」って何?

 本日のマナーレッスンは「冠婚葬祭について」。

90分のレッスンでも、4つそれぞれのご説明を

すると、盛りだくさんで、生徒さまたちは

お疲れになってしまうかもしれませんが、

一気に行い、そしてその後、ティータイムで

少しほっとして頂きます。

 人は一生の間に、様々な節目を迎え、

その節目の儀式を「通過儀礼」と言います。

「冠」とは、かつて元服の時に、冠をかぶせる

「加冠の儀」を意味していました。

今は、誕生から長寿のお祝いなども含めて

通過儀礼一般をさすようになりました。

(お宮参り、初節句、成人式・・など)

 現在は。色々なことが簡略化されたり、

本来の意味が忘れられたりしていますが、

根底にあるのは、命の大切さや、

私たちを育んでくれた万物に対する感謝の心と

畏敬の念であること。

私たちは人として生を受けてから、

一瞬一瞬の積み重ねで今があり、

そして、今、この一瞬一瞬もまた

未来の自分を作っていきます。

ですから、命ある今を大切にして慈しみ、

人生そのものを大切にする心を

私自身も常に考えていきたいと思っております。