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 歩む道

 今日は夏目漱石没後100年の命日です。

「吾輩は猫である」「坊ちゃん」「心」「草枕」「それから」「三四郎」・・・人間の心の孤独と

あやうさを描いた夏目漱石の作品は、多くの人たちを魅了し、亡くなって100年という歳月が流れても、

今なお語り尽くされることはありません。私も何度も読みました。

 高校生時代、英語のGrammarの授業中に「草枕」を開いていたのを先生に見つかってしまい、怒られる

かと俯いていたら、「漱石は面白いわよね。」と仰った先生の思いがけない言葉に驚いたその時のことを

今でもよく覚えています。英語の先生が漱石ファンでラッキーでしたが、でもそれだけ漱石文学は人々を

虜にしていたのだと思います。

 49歳の若さで亡くなった漱石は、人生の理想というものがあったでしょうか。作品には、人生の様々な

苦労や苦悩が反映されておりますが、「野分」の中にはこのような一節もあります。

「理想のあるものは歩くべき道をしっている。大なる理想のあるものは大なる道を歩く。迷子とは違う。

どうあってもこの道をあるかねばやまぬ。迷いたくても迷えんのである。魂がこちらこちらと教えるから

である。」

夢や理想、人生描くものがあれば、道に迷うことなく進めるでしょうか。魂の声に素直に耳を傾ければ、

自ずと歩む道が開けるでしょうか。 20年前には考えてもいなかった道を進んでいる私。夏目漱石に

尋ねてみたい気がします。

「百年、私の墓の傍に座って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」(夢十夜より)

今日は漱石の声が聞こえるかもしれません。