お出かけ

 習慣になるまでワクワクと楽しむ

なりたい自分になるために

ありたい自分になるために

夢や目標が

立派な大きなものでなくたって

全然構わないと思います。

夢は思い切って大きく掲げましょう・・

と言われてもいますが、

たとえ他人から見たら

小さな夢のように見えるかもしれないものでも

もちろん、思い切って壮大なものでも

自分がその夢を考えたら

ワクワクするかどうかの方が大切です。

そしてそのワクワクのために

今何ができるかを考えて、

その行動を習慣にしてしまうこと。

習慣が変われば人生まで変わるのです。

難しいのは、習慣化。

ですから、それが習慣になるまでも

しっかり楽しんで味わえるようにできると良いですね。

いつも夢が実現した時のことをイメージして

ワクワクしても良いですし、

夢を持つ仲間と語り合うのも1つ。

それぞれが認め合い、尊重し合い

応援し合い、支え合い・・

そういう仲間がいると

本当に夢が実現するような気がします。

 この週末はまた、たくさんの学びを得て、

ともに学んだお仲間達のエネルギーを受けながら、

かなり自分自身のステートを高めることができました。

時々そのエネルギーを思い出しながら、

日々の生活の中で生かして習慣化できるように

楽しめたらいいなと思います。

ありたい自分になるために・・。

 おもてなしの心

 本日、社団医療法人養生会かしま病院主催の

接遇特別講演会に行って参りました。

数ヶ月前にお声をかけて頂いてから、

とても楽しみにしていましたこの日。

「いのちの現場とおもてなしの心

  〜医療従事者における接遇とは〜」

と題してご講演されましたのは、

元リッツ・カールトン日本支社長でいらっしゃる

高野登先生です。

私は以前から、何冊もご著書を拝読しておりましたが、

まさか直接お目にかかれる日が来るとは

夢にも思っておりませんでしたので、感激!!!

 サービスとおもてなしの違い。

そして一期一会のためにできること。

お相手のために想いを届け続けるにはどうしたらよいか。

そのために、自分の人生を自分で作っていく大切さ。

リーダーとして、関わる人の可能性に気づけるアンテナを持ち、

それを生かせるような場を作ること。

想像力を高めて、お相手のために行動できる想像力を磨き、

おもてなしの心を行動として形にすることこそ、

どのような時代が来ても、人間にしかできないことであり、

大事にしなくてはいけないことなど、

とても深く濃い内容のお話で、全てが心に響きました。

 細かくは書ききれないのが残念ですが、

心の筋肉、感性の筋肉を鍛え、

一生をかけて人格を磨いていくのが「仕事」であり、

その働くという崇高なものに、

おもてなしの心が育まれていく。

どの分野でも、共通して言えることだと思います。

素敵ですね。

「笑い」の効果は素晴らしい!

 「笑う門には福来たる」と昔から言われて

いますので、「笑う」というのはとても大事

だということは、誰もが知っていることです。

先日、笑顔や口角を上げる効果については

お伝えいたしましたが、笑顔というのは、

「笑う」ということと少し異なるようです。

 本日、福島県立医大疫学教授の大平哲也先生の

ご講演を「笑い」と健康、疾病との関係、

「笑い」の効果などを「笑いヨガ」も体験しながら、

とても楽しく伺いました。

 「笑い」の定義というのは考えたことが

ありませんでしたが、笑顔と違いますのは、

嬉しいとか面白いと感じるだけでなく、

それに対する身体的反応、行動と発声がある

ことなのだそうです。

その「笑い」によって、免疫細胞の1つである

ナチュラルキラー細胞活性を高める働きがあり、

疾病に対する様々な効果、長生きできる、

ストレス緩和など、研究結果によって証明されている

ということをお聞きし、改めて、声に出して笑う

というのは、私たちの身体にとって、とても

大切なことなのだと改めて感じました。

 また、とても興味深いお話としましては、

「天照大神(アマテラスオオミカミ)」のお話。

天照大神が、天の岩戸に隠れてしまい、

世界が暗闇になった時、

「天細女命(アメノウズメノミコト)が

奇妙な踊りを披露して、周りにいた八百万の神々を

大笑いさせたら、天照大神が外にでるようになった

ということす。

「笑い」が日本最古のひきこもりを治した!という

例だそうです。

「笑い」というのは、嬉しいからとか面白いから

笑うだけでなく、形だけでも笑うと、

同じように効果があるようですので、

とりあえず声に出して(ここはポイント!)

1日に何度も笑ってみるということが大切。

これは即実践ですね。

 

 

 言葉の使い方は難しい

 もうかれこれ15年近く、英語を学生たちに

教えながらも、やはり、私の行き着くところは、

日本語をどれだけ使いこなせるか、というところが

とても重要に思ええることです。

そして、日本語でどれだけ考え、伝えたいことを

伝えられ、お相手のことも理解できるか。

 時々スピーチ(日本語)の指導や、他の方が書いた

文章の添削も行いますが、

言葉の選び方、表現の仕方は本当に難しいと

つくづく思います。

わかりやすく例えをあげるなら、

「私は◯◯をやりました。」と

「私が◯◯をやりました。」とでは

助詞1つしか違わないのに、

ニュアンスが全く異なるわけです。

無限にある(厳密には有限かもしれませんが)

言葉選びの中で、何を使っていくか。

たとえば広告の中の言葉使いなどでも重要です。

いかに顧客を取り入れるために効率的な表現に

するか。営業やスピーチで、

お相手に納得してもらうよう、心に響くように

するためには、どういう言葉を使ったらよいか。

 本日は『影響言語』というものを学び、

今までとは違うアプローチで言葉というものを分析し、

言語パターンと行動パターンとの関連性を

紐解いていきました。

言葉は奥が深い。

まだまだ、私の追求は続きます。

※※※※※※

皆さま台風の影響は如何でしたでしょうか。

私は都内で勉強しておりましたが、

交通機関がストップするということで

講義が予定より早く終了し、台風がひどくなる前に

戻って参りました。

みなさま、どうぞくれぐれもお気をつけ下さいませ。

 

 

「勉強する」と「学ぶ」の違い

 本日は都内に勉強をしに行って参りました。

これは、先生から講義を受けるので「勉強」。

でもそこから帰宅後に、自分でそこを深めて、

自分で関連するテーマについて考えたり、

探求していくのが「学び」です。

簡単に言えば、

受動的なものは「勉強」

能動的なものが「学び」です。

 学生さんたちが勉強するのが嫌いとか苦手

だというのは、それが、やらされているもので、

全く自ら求めているものではないからです。

でも、情熱を傾け、自ら知ろうとしたり、

考えたりすれば、勉強は嫌いでも、

学ぶのは好きかもしれません。

 時に、正解のない問題にぶつかることもあります。

そこで大事なのが、「自ら考える力」。

世の中、どんどん進歩していきますが、

予測の出来ない災害、不測の事態が起こる

可能性もあります。

そのような時に、生き抜くことができるのは、

やはり自ら考え、自分なりの答えを出し、

解決の糸口を見つけられる力を持っているかいないかで、

大きく差が出てきます。

決して受け身の「勉強」だけでは身につけられないもの

であり、「学ぶ」ということが非常に重要に

なってくるわけです。

学べば学ぶほど、財産となります。

 私も本日勉強しましたことが価値あるものに

なるよう、今度は「学ぶ」モードに入ります。

 

 

 学びを自分のものにする秘訣

 週末2日間、また都内で頭がパンパンになるほど、

学んで参りました。

新しいことを始める時や、

新しい学びを得ようとする時は、

とてもエネルギーが要りますし、またその分、

たくさんのエネルギーを得ることができます。

そして、自分の中で、少しでも変化が生まれたら、

それが学びの証。

その変化を求めて、私もできる限り、

学びを続けたいと思うのです。

 ただ、そのように学びを受けに行っても、

与えられたことの半分しか自分のものに出来なかったら、

費やした時間とエネルギーが無駄になってしまいます。

 講師の先生が仰っていました。

 例えば、新しいジャケットを着ようとする時、

今まで着ていたものを脱いでから着てみます。

決して着ていたものの上に更に着ようとはしません。

それと同じように、新しい学びを得る時に大事なのは、

一旦、自分の知識は脱いでおく(脇に置いておく)

ということです。

たとえ関連するようなもの、似た知識を持っていたとしても、

そこに重ねるのではなく、それは一旦忘れて、

ピュアな気持ちで受け入れることが

新しい学びを自分のものにする、そしてそれを

成功や達成に繋げる大きな秘訣なのですね。

 改めて成る程!と思い、これからも知識という上着を

脱いでは新しいもの、脱いでは新しいものを着て、

その数を増やしながら、

いつでも沢山の選択肢の中から取り出せるように

学びを深めて参りたいと思います。

 

 音楽の力

 音楽には、人を動かす力、励ます力、癒す力など

様々な力があることは、皆さまの中にも何かの形で

感じたことがある方は多くいらっしゃることと思います。

 震災の時は特に、テレビや各地での支援コンサートも

行われていました。

その東日本大震災の被災者に対するドイツからの義援金を

きっかけに、楽器を失った子ども達に再び音楽と

触れ合う機会を作り、心を豊かにするまで、音楽で支援する

活動をしている「こども楽器プロジェクト」というのが

いわきにあります。

私は直接は関わりはありませんが、

その推進事業として、本日第一回目の

「こどものためのコンサート」が行われましたので、

行って参りました。

『アキラさんの室内楽でございます♪』

我が家の子ども達が小さかった頃のNHKの

人気番組「ゆうがたクインテット」のアキラさんです。

テーマ曲を生で聞きましたら、とても懐かしく

その頃の我が家の状況まで思い出されます。

ピアノ曲、クレメンティのソナチネや

ブルグミュラーの貴婦人の乗馬、モーツアルトの

トルコ行進曲などでは、娘が練習していた頃、そして

さかのぼって、私の子供時代まで思い出され、

音楽というのは、本当に大きく人に影響を与えるもの

なのだなと改めて感じました。

 この曲、この歌を聴くとその時の状況を思い出す

という経験は皆さまにもあると思います。

良い思い出も、良くない思い出も、

そこに音楽があると、感覚が呼び起こされるのです。

ですから、先日のブログでも書きましたように、

嫌なことを消そうとするより、

良い感覚、嬉しい、幸せの感覚をたくさん

音楽とともに味わえることができると、

心豊かになっていきます。

子ども達にも、身近に音楽の素晴らしさに触れる

機会がたくさんあれば、将来音楽家になるわけではなくても

人生の役に立つことがあるはずです。

我が家の子どもたちが小さかった頃は、

サントリーホールに毎年、「こどものためのコンサート」

を聴きに行くのを楽しみにしていました。

一番楽しみにしていたのは私だったかもしれませんが

それでも子どもたちの記憶のどこかに残っているものと

信じています。

いわきの子どもたちにとって、地元でこのような

機会があるというのは、とても嬉しいことです。

 子ども向けのコンサートでしたが、私も

とても楽しむことができました。

音楽の力は本当に素晴らしい!

 豊かさとは、たくさんの選択肢があること

 本日も日帰りで、都内の勉強会に行って参りました。

専門分野でもなく、仕事に直結するわけでもなく、

勉強会の半分は、普段あまり聞くことがないお話で、

どちらかと言うと苦手分野なのですが、

1日終わって振り返ると、

今日のその時間は、とても貴重で、

人生の選択肢が増えたように感じました。

 人生の選択肢がたくさんあること。

それは「人生の豊かさ」なのだと思います。

限られた選択肢の中から

「これしかできない」と過ごしているのと、

たくさんの選択肢から、自由に選べて、

自由にやりたいことが出来るのとでは、

同じ人生、ずい分違ってきます。

 豊かさとは、お金があることではなく、

よく私がお伝えしているように

アンテナを常に立てて、様々な情報をキャッチしたり、

本を読んだり、学びの場を作ったりしながら、

「これしかない」ではなく「こんなにある」選択肢を

持って、選べる自由があることなのだと

改めて思いました。

 支え、支えられ・・

 人は1人では生きていけず、

多くの人に支えられ、今ここに立っている

と言うことを、感謝しなければいけません。

「大きな壁」にぶつかった時は特に

この「支え」があれば

かならず乗り越えられるはずです。

 お盆休みに、娘が留学中のブリスベンに

行って参りました。

ホームステイ先のお宅にもお邪魔し、

ゆっくりお話することもでき、日頃、

親切にして頂いていることに

本当に感謝してもしきれないぐらいです。

 私も学生のころ、色々な国で、

お世話になっておりました。

今、直接ご恩返しができるわけではありませんが、

たとえば、ボランティアでホームステイ受け入れを

することで、今の学生さんたちに少しでも

お役に立てることができればいいなと思っております。

 娘を訪れるにあたり、サプライズのお土産を

用意しました。

人の温かさと愛がたくさん詰まった大切な方々の

メッセージはくじけそうになった時の

大きな励みと支えになることだと思います。

 弱った心を支えるのはやはり、

人の温もりと愛情。

目に見えないけれど、それが一番です。

 人は支え、支えられて生きている。

それを忘れずに、小さなことでも

大きなことでも、感謝の気持ちを胸に

これからも過ごして参りたいと思います。

 言葉の選び方で印象が変わる

 当たり前といえば当たり前のことですが、

同じ事を言うにでも、言葉の選び方1つで

お相手が受ける印象というのは異なるものです。

丁寧かぶっきらぼうか、ということだけでなく、

ちょっとしたニュアンスの違いだったり、

難しい表現、平易な言い回し、

思いやりのある言葉、きつい言葉、

によって本当に様々です。

ですから、慣れた間柄でも、気をつけなくては

いけないと常に感じておりますが、

本日は都内でタクシーに乗りました時に

何だか心が明るくなるような会話をしました。

 いつも、帰りのひたちに乗るのに慌ただしく、

タクシーで最寄駅に行くのにも、夕方混んでいますと、

とても気を揉むのですが、

それを察してか、運転手さん、

「私が知っている限りで1番ステキな道を通って

行きますね。お任せください。」とおっしゃったのです。

私は「急いで下さい。」とか「近道で。」などとは

全く言っていないのに・・。

もう「お任せします!是非、ステキな道でお願いします!」

と私は気が急くことなく、何だかゆったりとした気持ちで

お任せしました。

いわきまで常磐線ひたちに乗らなくてはいけないので・・

とその後、お話の流れでお伝えしたら、

「では今度はいわきまで行きますね。」と。

さすがにタクシーでいわきまでは現実的ではありませんが、

そのお気持ちがとても嬉しく思いました。

そして、そうこうしているうちに、混雑を避けて、

そのステキな道を通って下さり、あっという間に

最寄駅まで着きました。

 ちょっとした会話。ちょっとした表現。

ちょっとした言葉の選び方で、本当に受ける印象、

お相手の心の持ち方が変わります。

それを実感した運転手さんとのやりとりでした。