想い

 私たちを作っているもの

 私たちの身体は、普段食べているもので

作られています。ですから、健康的なもの、

身体に良い栄養のあるものを摂る必要があります。

そこに無頓着になってしまうと、やはり

病気になったり、体調を崩したりしやすく

なるわけです。

そして、身体と心は密接に関係していますから、

身体に良いものを食べ、身体が喜び、

健康な状態であれば、精神も落ち着き安定します。

逆を言えば、健康でなければ、心も満たされず、

他人に対して心を寄せる度合いも少なくなって

しまうのです。

身体のためにも、心のためにも、私たちは

日々、口にする物をしっかりと意識致しましょう。

 では、頭のためにはどうしたら良いでしょう。

それは、やはり頭にも健康な状態になるようなものを

入れるように気をつけなければいけないのです。

頭に良いものとは・・?

それは、美しい言葉や適切な表現。

そして、読むもの、聞くもの、見るものに

気をつけること。

本や情報誌、テレビ、人との会話、街で目にする言葉

聞く言葉、全て頭に入って来たものを元に

思考が出来上がってきて、そして、自分を

作ってくるのです。

食べること。考えること。行動すること。

このようなことが私たちを作るのであれば、

やはり自分の中に入ってくる段階で、

気を遣っていきたいですね。

そして、よいエネルギーを循環できるように

して参りましょう。

 

 

 

 

「それでも人生にイエスと言う」

 どんなに辛いことがあったとしても

どんなに上手くいかないことばかりだったとしても

人生は、自分の意味づけ次第です。

自分ばかりが過酷だと思えば、過酷なだけの人生に。

いつも運が悪い、と思えばその通りに。

でも、試練があるからこそ、成長があり、

辛い状況を知るからこそ、小さな幸せに感謝できます。

 ヴィクトール・フランクルの著書に

「それでも人生にイエスと言う」というのがあります。

彼は第二次世界大戦中、ナチス強制収容所に

入れられましたが、自分でこのように意味付けしたのです。

生きていればいろいろあります。

別に強制収容所に入れられるわけでなくても、

辛いことは辛いですし、大変なことは大変なわけです。

でも、神様は何か大事なことを伝えたくて、

魂に様々な経験を与え、考えさせ、自分自身の存在の

意味を学んでいくようになっているのです。

私たちは、与えられた人生の中で、楽だけでなく、

苦しみも知り、自分自身と向き合いながら、

命尽きるまで、成長を重ねていきます。

その中で、苦しいことがあった時に

「それでも人生にイエスと言う」ことが出来れば、

命を全うできるのではと思うのです。

 人としての価値を大切にする

 本日は、朝早くから盛りだくさんの1日でした。

最後は、様々な分野で活躍されている方々が集まり、

それぞれのフィールドでどうやって世の中を

よりよくしていくか、ということを考え、

話し合う場にお誘いを受け、参加させて頂きました。

皆さまが共通していたのは、ご自身がお仕事をされるのに、

どんなに大変なことがあっても、幸せを感じられて

いること。

そして、世の中のために動かれていることです。

でも、どんなに理想を高く持っても、社会のシステムや、

世の中の偏見、価値観の相違により、

もどかしい思いしたり、うまくいかないことも

たくさんあります。

世の中のシステムを変えたり、政治を変えたり、

考え方を変えたりするというのは

個人の活動には限界があり、

とても難しいので、私たちは、

自分ができることからコツコツと積み上げて

いくことが大事になってきます。

日本は、まだまだ組織という存在が大きくて

「個」に価値を置くことが薄いように思います。

そして数字や結果に振り回され、

そのため、本来の目の前の大切なことを見失い、

生まれたばかりの子どもからご年配の方々までの

本来の価値、尊厳を大事にしていなかったりします。

社会も、個人レベルでも、

まずはそれぞれの人としての価値を大切にすることで、

そこから福祉、文化、教育が発展し、

世の中が明るくなってくるのではないでしょうか。

私が大事にしたい「自他共に思いやりを持てる世の中」

というのも、そこから繋がってくるように思います。

 

 

 はじめの一歩

 どんなに大きく成功している人にも

どんなに今活躍している人にも

必ずある「はじめの一歩」

突然100歩先まで飛んで行ったのではなく、

はじめの一歩があって、そこから着実に

進んでいるわけです。

華々しく、輝かしく見えていたとしても

それは、地味な一歩一歩、あるいは

ものすごく大変な努力を重ねる一歩一歩

があるからなのです。

とても生き生きとしていて、楽しそうに見えると

(実際、確かに楽しんでいるはず)

自分と比べてしまい、そのキラキラがあまりにも

眩しく、そして羨ましくも思えたりするかも

しれませんが、それぞれ違う歩みなのである

ということを理解し、それぞれの一歩一歩を

比べることはできない、ということを

認識しておくことが大切です。

 だれにでもあるはじめの一歩。

今日、私は、かねてより作りたかった

会社エクラ・エテルネルの「LINE@」を

作ることができました。

アナログタイプで、こういうことが苦手な私が

作ったということは、他の方には何でもないことでも、

私にとりましては、大変大きな一歩なのです。

そしてここから、次の二歩目に行くのには、

少々難儀な気がいたしますが、また少しずつ

色々なことをやりながら、進んで参りたいと思います。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 もうすぐ春

 ここのところ肌寒い日が続いておりましたので、

少し春が遠のいてしまったような感じがしますが、

本日は、とっても春らしいお花束を頂戴し、

そのお心遣いに、心温まる思いが致しました。

そして、久しぶりに行いましたテーブルコーディネート

レッスンでも春をテーマに。

やはり「春」というのは、新しいチャレンジ、門出、

湧き出るエネルギーや優しさなど、希望に満ちた

イメージがあるので、とても良いですね。

心も明るくなって参ります。

 都内はこの肌寒さのため桜を楽しむ期間が例年より

長いかもしれませんので、それも嬉しいことですね。

いわきはこれから。

楽しみです。

「あしひきの山桜花日並べて

   かく咲きたらばいと恋ひめやも」(山上赤人)

今、大いに話題の万葉集から。

このように咲くのが何日にも及ぶのなら、

どうしてひどく恋い焦がれよう、とその花期の短さを

嘆きつつ、だからこそ強く身に迫ってくる桜花の

美しさを称えています。(井上さやか解説)

 当時「桜」と呼ばれるのは、ヤマザクラのことの

ようですが、いずれにしても、美しいお花を

愛でる日本人の心を、歌に表すという日本文化は

すてきですね。

 ちょっと足踏みした春の訪れ。

心踊る季節です。

 温故知新

 昔のことを学び、そこから新しい考えや

知識を得るって、とても素敵なことだと思います。

何でもデジタル化し、AIの時代が来る現代だからこそ、

新しいことばかりに目を向けるだけではなく、

古いものにも関心を及ぼすというのは

大切なことだと思うのです。

 新元号が日本最古の歌集「万葉集」から引用され、

若い方達も、初めて日本の古典から採用されたことに

興味を持ち、そして日本の文化を大事にしながら

新しいことへどんどんチャレンジしていけるというのは

素晴らしいことです。

 奈良時代、大伴旅人宅に集まって催された雅宴で

梅の歌ばかりが詠まれたそうですが、その「序」は

梅を愛でながら旅人が宴を楽しんでいる

心情を詠んだものです。

特定な物を題として歌を詠むことは、

かなり先進的趣向だったそうです。

 時代は科学の進歩により、目覚ましい発展を

遂げましたが、人間の本質というのは変わらす、

言葉も時代とともに変化してきたとはいえ、

歌に詠まれた感情は普遍的です。

1300年前の人たちの心と、今の人たちの心は

大きく変わらないはず。

新元号に変わるにあたり、

その日本人の美しい心を大事にしながら、

素晴らしい時代の幕開けとなることを願います。

 初春の令月にして

 気淑く(よく)風和らぎ

 梅は鏡前の粉を披き(ひらき)

 蘭は珮後(はいご)の香を薫す 〈序文より〉

新元号『令和』 私は好きです。

 思いやりとおせっかい

 私の友人は、本当に心の優しい方達ばかりで、

いつも励まされたり、刺激を受けたり、共感したり

することが出来て、とても有り難く思います。

 人と人との関わりの中で、心に寄り添うというのは

とても大切なことで、これは、日常のお付き合いでも、

お仕事場でも、どのような間柄でも共通すること。

それが優しさであり、思いやりであるのです。

時々、おせっかいと思えるような話を聞くことが

あります。

親切心から、どなたかのために何かをすることで、

実は、自分自身が一番満足している場合、

それは親切や思いやりではなく、ただのおせっかい。

時には「やってあげてる」というような思いでいる方も

いらっしゃると聞くので、それはあまりにも

どうかな、と思います。

全くお相手のことを考えていませんものね。

ここまででないにしても、自分がお相手に、

ただ何かをすれば良いというものではなく、

お相手の今の立場や状況、感情などをしっかりと

汲み取った上での発言や振る舞いができて初めて、

その思いやりがお相手に伝わるのです。

よかれと思ってやろうとしたことでも、

それがお相手の望んでいるものでなければ、

やはり控えた方が良いですし、

コミュニケーションにおいては、

本当に何気ないことでも気を配り、お互いが

心の温まる振る舞いができると良いですね。

改めてそれを強く感じた1日でした。

 『マトリックス』は奥が深い

 今更ながら初めて、映画『マトリックス』を観ました。

子ども達が高校生の頃、家で観ていたのを横目で

見ながらも、あまり興味がわかず、今に至っていました。

キアヌ・リーブスは好きなのですけれど、

激しいシーンがあるのは、あまり得意ではないのです。

アクション映画、SF映画もたまには観ることもある

のですが、夜眠れなくなってしまいますから・・・。

 さて今回は、今勉強しているNLP心理学の課題なので、

絶対に観なければならず、しかもレポート提出。

それなので、メモ用紙を片手に、NLP的な視点で

真剣に観ました。

 まずは、奥の深さに驚きです。

人生を歩む上でのメッセージが織り交ぜられ、

心に響く言葉の数々が散りばめられていました。

全てを書くとレポートになってしまいますので、

そのうちの1つ「扉は自分で開ける」について。

 人は1人では生きていけず、他人との

関わりを持ちながら生きていますが、

人生での選択では、やはり自分の信念に従って

自分で決断していくもの。

そこに扉があったら、開けるのは、

他人ではなく、紛れもなく自分自身であること。

そのためには、自分の直感に正直になることが

とても大切です。

それがたとえ小さな扉であったとしても、

もちろん大きな扉であっても、

そこを開けて一歩一歩踏み出すか、踏み出さないかも

自分次第。

でも望むビジョンがあるならば、やはり行動してこそ

そのゴールへと近づくものです。

自分の扉は自分で開けて、自分の人生を

作っていきましょう。

 

 

 

 

 自分の選択に責任を持つ

 盛岡に着いたら、雪が舞っていてびっくりしました。

やっぱり寒い。昨日までは盛岡も暖かかったようですが、

今日は震え上がるほどの寒さでした。

でも心は温かく素敵な1日に。

盛岡駅まで久しぶりに会う親友が迎えに来てくれて、

数時間、喋り続けました。

離れているので毎年は会うことはできませんが、

時々お電話でお話したり、このように会えるのは

とても嬉しいことで、刺激受けたり、励みにもなるのです。

 人生色々なことが起こり、山あり谷ありで、

嫌なことも、問題も何もない人生なんてありえなく、

その中で彼女のしっかりした考え方と、寛大な心、

そして変わらない美しさと明るさに触れると、

いつも私もそうありたいと思います。

 人生や日々の生活は選択の積み重ねですが、

自分の選択に責任を持つことは、とても大切で、

だからこそ自分を信じて進んでいくことが

できるわけです。

それが自信と自立。

もしかして、否定的な言葉を受けることも

あるかもしれないけれど、それでも、

自信と責任を持って選択、決断したものであれば

後悔もせず、前を向いて歩いていけます。

いつも周りに惑わされてふらふらしていると

いつまで経っても自分自身の本当の道を歩むことは

難しくなりますが、信念を持っていれば、

多少の困難があったとしても

それを乗り越えることもできるのです。

そして、周りに対しても寛容になります。

だからとても素敵なのです。

彼女とお話をするととてもエネルギーをもらいます。

私ももうすぐ50代に突入。

でも明るく充実した50代を過ごすことができそう。

まだまだこれからが本番よね。

とそんなお話をしながら、別れを惜しみました。

 その後、夜は長男と久しぶりにお食事デート。

盛岡で充実した1日を過ごすことができました。

(いわきからはかなり遠いので、正確には半日・・)

明日はいよいよ卒業式です。

 

 

 

 

 欠望もある程度必要なこと

 全てに満足する程、上手くいっているのなら、

それに越したことはありませんが、

もしかして、慢心してしまうかもしれませんし、

満足できていなければ、謙虚に、そして

その足りない部分を埋めるための努力を

していこうと、やる気が出てくるもの。

というより、やる気を出していきたいですね。

 上手くいっている人たちは、自己肯定感が高くても

決してそこで満足するのではないと思います。

常に足りない部分を見つけてきては、そこを

埋めようと行動するから、もっともっと

向上していくのです。

 出来ないことを否定するのではなく、

それも含めて全部認めるから、自己肯定感が十分あり、

出来ることからコツコツとやっていくので、

とても輝いて見えます。

足りない自分を知るのも、必要なことだと分かれば、

あとはそこで、どう動いていくかです。

足りないままストップするのか、それとも

足りないところを埋めることに、わくわくと

楽しみを見つけ、次のステージへと行くために、

何か行動に移していくのか・・・。

 無いことに目を向けず、有ることにフォーカスして、

と私もよく言いますが、

無いことをプラスに捉えれば、それは、

大きな動機付けになるのです。

まだまだ不十分な私を悲観せず、これからも

足りない部分を少しずつ埋めていこうと

思っております。