スタッフブログ

 和の立ち居振る舞いと日本人の心

 マナーというと、テーブルマナーやビジネスマナー、

あるいは日常的なマナーを思い浮かべることが

多いと思いますが、プロトコールマナーと言って、

世界共通のマナーもあります。

日本だけでなく、どの国に行っても、

文化や言葉の違いを超えて、自他ともに

気持ちよく過ごせるように作られたものです。

そして、もちろん、日本独自のマナーもあります。

それは、古来から、日本人として受け継がれたもの、

日本の心を大切にしてきたものです。

日本料理のマナーもありますし、

和室での立ち居振る舞いもそれに当たります。

 本日は、和のマナーレッスンを行いました。

現代の住宅事情ですと、段々、和室があるお宅も

減ってきているのは事実ですが、

それでも、私たちが全く畳のあるお部屋に

入ることがないかと言うと、そうではありません。

日本料理店や、旅館、どなたかのお宅に訪問した際に

和室に通されることもあるかもしれません。

 そのような時に大事なのが、和の立ち居振る舞い。

襖の開け閉め1つをとってみても、

これがスムーズに美しくできると素敵ですね。

どうして素敵に見えるかというと、そこにも

日本人の察する心が表れているからです。

ここでは細かく書くと長くなりますので割愛しますが、

哲学者の和辻哲朗氏は、襖について次のように

定義しています。

「襖は、それをへだてとして使用する人々が

それをへだてとして、相互に尊重し合うときにのみ、

へだてとしての役割を果たすへだてである。」

 開け方、締め方、というやり方だけにとらわれると、

全く意味のないものになってしまいます。

お部屋に入る側と入られる側の思いやりの心があってこそ、

襖、あるいはその美しい襖の開閉が、

はじめて意味を為すわけです。

和のマナーレッスンをやりますと、

日本人のお相手に対する思いやりと奥ゆかしさは

本当に素敵だなといつも感じております。

 人と対面していない時も、口角をあげる

  今日は朝から一日中、デスクワーク。

苦手な事務仕事です。

でも、木曜日は基本レッスンがないので、

かなり集中しました。それでも

ずっと座ったままですと集中力が途切れるので、

ランチは外に。

普段は家で昼食の用意をしますが、

木曜日は、主人も私も大きな用事がなければ

お昼は外に出かけます。

(私がお食事を作るモードにならない日なのです。)

今日はさっと済ませてまたお仕事に戻りたかったので、

近くのStarbucksへ。

ハロウィン期間で、とても混んでいて、

スタッフの皆さんがとても忙しそうでしたが、

さすがです。以前も書いたかもしれませんが、

Starbucksの皆さんは、本当に笑顔を絶やさなくて、

いつも感心してしまいます。

そしてそれが注文の時だけでなく、

人と対面していない時でも、口角が上がっているのです。

ですから見ていて、とても気持ちがいい。

昨日のブログにも

「笑顔を見ると気持ちがやわらぎます。」とコメントを

頂きましたが、

本当に、笑顔は周囲を幸せな気持ちにしてくれます。

そして、もう一度言いますと、

人と対面していない時こそ、笑顔でいる、

温顔でいる、というのがポイントなのです。

 小さい頃から私も、母によく言われていました。

何でもない時にも「口角あげて!」と。

それでも今でも、何か真剣になっている時、

たとえば本屋さんで本を選んでいる時など、

すごく怖い顔をしている可能性大です。

 ふいに「智津子さ〜ん」と横から声をかけられた

時なんて、あ〜〜今、口角下がっていたかも・・

と思う時があります。

修行がたりません。。。

 やはり、常に口角を上げていられるように、

いつ誰から見られても温顔でいられるように、

気をつけようと改めて思いました。

 

 他人の幸せを喜ぶと、自分も幸せになる

 ここのところ、毎日の仕事量が多くて、

夜になるとぐったりなのですが、

疲労回復に良いものの1つに、梅干しがあると

以前どこかで聞いて、時々、梅干しを頂くように

しています。蜂蜜漬けの甘いものが好みですが、

それでも私にとっては、とってもすっぱい!

さすが梅干しです。

 皆さま、梅干しを想像しただけでも

何だかお口の中がすっぱくなりませんか。

そうなのです。

脳は、想像と現実、過去と現在、他人と自分の

区別ができないのです。

区別しているのは、表面的な部分、

大脳新皮質の左脳だけなので、

理性的には「想像だ」と理解していても、

本能的な部分では「現実」だと捉えてしまうので

身体が反応してしまいます。

だから梅干しを想像するだけで唾液がでたりするのです。

 脳の本能的なところは、

想像なのか、現実なのか、過去なのか、現在なのか、

他人なのか、自分なのか、を区別しないで、

全て、それは今起きていることだ、と

認識するわけです。

ですから、他人のことを批判したり、文句や

悪口を言えば、本能的には、

自分がそうだと、認識してしまう。

逆に、他人の幸せを喜んだり、

他人の素晴らしいことろを、素直に褒めたりすると、

やはり、それも「自分もそうだ」と

本能的に認識するのです。

 他人の良いところ、たくさん口にして褒めましょう。

他人の成功や幸せも、自分のことのように

素直に喜びましょう!

それが、本当に自分のことになるのですから。

 

 

 

 平常心是道(びょうじょうしんぜどう)

 日々、同じように、いつものパターンで

生活していると、日常は当たり前のことであり、

深く考えることもせず、あるいは、

日常の行動が当たり前すぎて、

別のことを考えながらやっているということは

よくあることです。

 本来はやはり、お食事の時は感謝していただく、

お茶やコーヒーでほっとできるのも有り難く、

お仕事をすることで、世の中の役に立てていると思うと

また、そのことにも感謝し、

親、兄弟、友人や同僚がいてくれるのも

有り難いわけです。

 禅語で「平常心」とは、何事にも動じない、

ということではなく、普段の心を保つこと。

「平常心是道」は、日常変わらずに持っている心、

日常生活が、そのまま「道」でなければならない、

ということだそうです。

自分の道を求め続けるのは、

容易ではないかもしれませんが、

人生の幸福や喜びというのは、

日常の生活の中にあるもので、そこに心を置いて、

日常を無駄にせず、大事にすることが大切です。

 日常を丁寧に生きるって、

簡単なようで、難しい。

当たり前に心を寄せて、

ありのままを大切に・・・。

 

 

 冠婚葬祭の「冠」って何?

 本日のマナーレッスンは「冠婚葬祭について」。

90分のレッスンでも、4つそれぞれのご説明を

すると、盛りだくさんで、生徒さまたちは

お疲れになってしまうかもしれませんが、

一気に行い、そしてその後、ティータイムで

少しほっとして頂きます。

 人は一生の間に、様々な節目を迎え、

その節目の儀式を「通過儀礼」と言います。

「冠」とは、かつて元服の時に、冠をかぶせる

「加冠の儀」を意味していました。

今は、誕生から長寿のお祝いなども含めて

通過儀礼一般をさすようになりました。

(お宮参り、初節句、成人式・・など)

 現在は。色々なことが簡略化されたり、

本来の意味が忘れられたりしていますが、

根底にあるのは、命の大切さや、

私たちを育んでくれた万物に対する感謝の心と

畏敬の念であること。

私たちは人として生を受けてから、

一瞬一瞬の積み重ねで今があり、

そして、今、この一瞬一瞬もまた

未来の自分を作っていきます。

ですから、命ある今を大切にして慈しみ、

人生そのものを大切にする心を

私自身も常に考えていきたいと思っております。

 音楽芸術文化の発展を願って・・

 本日は、一般財団法人エウテルピス音楽芸術文化財団の主催

「若手新鋭音楽家演奏会シリーズ」第一弾

魅惑のトリオ・コンサート、カリテス・トリオ・リサイタルに

行って参りました。

先月、第一回目の文化教養講座を

務めさせて頂きましたこの財団は、

音楽だけにとどまらず、芸術、文化をいわき市で発展させ、

また後進の育成や、支援の機会をもつことで、

この地から発信していくとともに、

地域社会に貢献できるようにすることを目的としています。

理事長の高い志のもとに、私も、微力ながら

少しでもお役に立てれば嬉しいと思っているところです。

 音楽は生活になくても困らないものですが、

私たちの心に潤いを与え、時に励まし、時に慰めて

くれるものです。

そして文化は、代々受け継がれてきたものと

新しいものを融合させ、今の時代に合わせたものを

作り上げていき、その創造性が地域社会、

そして個々の暮らしを豊かにしていきます。

教養が増えれば、話の世界が広がり、仕事の幅、

生活の質も向上します。

ですから、若いうちから少しでもそのようなことに

興味関心を持ち、また触れる機会を多く持てるよう

私たちの活動もこれから工夫を重ねながら

やって参りたいと思っているところです。

私自身も楽しみです。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 やる気を維持するためには

 何でもやりたいことを初めてやる時は、

わくわくして頑張ろう!とか

新しい自分になれるよう、よし!と意気込んで

始めたりします。

ところが、しばらくすると、何だかいつのまにか

その意気込みが半減してしまうことも

よくあることです。

もちろん日々のやることの中には

優先順位がありますので、それが低いと

どうしてもやらなくなってしまうのは常ですが

(私の中国語やドイツ語などの語学勉強は

好きであっても優先順位が低いのだと思います。)

もし優先順位が高いにも関わらず、やる気が

失せてしまったら、それは、対策を練らないと

いけません。

新しいことを始めると、最初は脳は刺激をとても受け、

それに伴いやる気も満々ですが、

段々その刺激にも慣れてきてしまい、

物足りなくなるのです。

ですから、小さな達成を何度も味わえるように

することが大事です。

つまり、大きな目標とそれを細分化した

小さな目標を立てて、明確にすること。

そして、その小さな目標も、もし飽きてきて

しまったら、今度はアプローチの仕方を

変えていきます。

やり方は人それぞれ。

自分に合った方法で、できるだけ幅を広げて

いけると良いですね。

アプローチ方法を変えるだけでも、

脳への刺激があり、やる気を引き起こすことにも

結びつきます。

自分でやりたいと思うことも、

やらなければいけないことも、

やる気は維持して参りたいですね。

 心と身体をゆるめて、パワーを引き出す

 何度か文章の中で書いたり、お話する時にも

よく言っていますが、私はお風呂に浸かることが大好き♡

特にバスタブに入るあの瞬間があるからこそ、

その日の疲れを一気に吹き飛ばすことができるのです。

でも、このバスタイムは、

心身をリラックスさせるだけでなく、

実は、内なるパワーを発揮できる時でもあります。

皆さまも、リラックスしている時に、

何か良いアイディアがひらめいた!

というような経験はありませんか?

 この心と身体がゆるんでいる時って、

自分に対しての制限を外しているので、

〜しなければ、〜すべき、

という思考や意識からくる行動基準も

全くなくなります。

ですから、頭の中で計算できないような

パワーを発揮することができるのです。

 また、心身をゆるめて、自分自身を良い状態にし、

波動が高まると、幸運も起きやすく

(引き寄せやすく)なります。

自分に制限をかけない、というのが良いわけです。

〜すべき、という枠や、

〜は無理、という制限を外すのです。

そして自分の心を解放すること。

 それが、誰もが持っている(秘めている)

内なるパワーを引き出す秘訣です。

 

 

 

「自信がつく」のを待っていない

 成功する人が、だれでも最初から

自信があるわけではなく、ほとんどの人は、

できるかどうか、確実な自信があるわけではないけれど、

とにかく、やってみているのです。

うまくいくかどうかなんて

やってみなければ、誰にもわからないこと。

ですから、自信がなくたって

始めてみて、

もしもできなくても、

「そんなもの・・。」と思えばいいのです。

それが本当に、心からやりたいものであるなら、

またチャレンジしたり、別のやり方を

考えたりしてみることができるはず。

うまくできることよりも大切なのは

自分自身を信じること。

それが、自信につながるのです。

誰だってみな、自信がないまま。

自信がついてから・・なんて言っていたら

一生できないかもしれません。

自信というのは、始めてみてから、

少しずつ身につけて行くもの。

いつまでも待っていないで、

始めてみましょう!

 自分が心地よくない習慣は手放す

 意識が変われば、行動が変わり、

行動が変われば、習慣が変わります。

でも、毎日、何となく行なっていることや

何となく習慣化していることはありませんか。

もしそれが、自分をマイナスの気分にさせるもので

あるならば、それは思い切って手放しましょう。

つい、人と比べてしまう。

つい、些細なことでイライラしてしまう。

つい、安さに惹かれて不必要な物を買ってしまう。

つい・・・・。

など、このついしてしまうことが、マイナスポイントで

あるならば、やはり、執着せずに、思いきって捨てて、

素直になること。

そして自分の心地よいと言えるようなことをたくさんみつけて、

それを習慣にしていきましょう。

ネガティブなことはネガティブを引き寄せます。

ポジティブなことはポジティブな現実をつくります。

意識次第です。

意識が変われば、習慣も変わって、

そして人生も変わってくるのです。